※少し血みどろ表現あり。苦手な方、バックをお願いします! 「鴉さまが氷雨に入ったのは、結構最近だって聞いたんですけど」 花梨がそういえば、と頭につけてきりだしたのは、食堂で女三人集まってお茶を楽しんでいる時だった。 ほんの刹那ピクリと体を動かした鴉は、何食わぬ顔で持っているコップを口に運ぶ。 「ん?まあ、そうねぇ。片手の年月もいないわね」 足を組み直した鴉に、花梨と琥珀は驚いた表情を隠さずに顔を見合わせた。 「………私が新参者なのがそんなに意外? 雲雀もそうだし、基本的に新しいメンバー多いわよ。古株は眼竜と軌鉄さんくらいじゃないの?」 「えー……」 「なあに花梨ちゃん、言いたいことがあるなら言った方がストレスがたまらなくていいわよ」 ぐっと身を寄せて妖艶に微笑んだ鴉に、花梨が笑顔を引きつらせて視線をそらす。 だって、疾風たちとのあんな言い合いをしていてまさか、五年経っていないなんて。鴉の肝の大きさには驚かされる。 「前は……なに、してたの?」 琥珀が、彼女にしては興味津々な様子で聞いた。鴉は花梨から顔を離して、黒髪を耳に掻き上げながらさらりと言った。 「解体屋」 「かい、たい………?」 うまく変換できなかったらしく、琥珀が首を傾げる。隣に座っている花梨も同じく、耳慣れない職業に首を捻った。 「もともと闇医者やってたんだけどね。あんまりお金たまらないし、アルバイト程度に手を出したのよ。そしたら、そっちが本業っぽくなっちゃって。いや〜一応良心は痛んだんだけどね、生きていくためには多少自分に嘘をついてでも働かなくちゃ。そう思わない? うん?」 異様な雰囲気で同意を求められ、思わず少女二人が頷く。なにかを確認するように二人の顔をじっと見ていた鴉は、可愛らしく両手を組んで顔にそえた。 「簡単に言うと、死んだばっかりの人間から体のパーツをとって売るの。基本的にあとにはなにも残らないから、解体屋」 語尾にハートマークがつきそうな口調で、告げられた言葉に二人の顔から血の気が引く。 「病気とか嗜好とか性癖でパーツを欲しがる人間は山ほど居るけど、綺麗な死体なんて手に入らないことも多いし、ルートを確保するのが大変だったけど」 「え、えっと……鴉さま、そのへんで……」 「花梨だったらそうねえ……全部ばらして、値段は指一本くらいいくかな? 中身全部ぬいて、デスマスクつくって、皮膚とその綺麗な筋繊維全部とるでしょ? ……骨も砕かずに有効活用できそうだし…」 真剣に値踏みをはじめた鴉に、花梨が全身毛を逆立てて琥珀にしがみついた。 「んー…琥珀ちゃんなら、胸像よろしく上半分をとりあえず腐敗処理して観賞用かな。目は別口で売れそうだし、取って同じ色のガラス玉はめて。皮膚も高く売れ」 言い切る前に、スパーン!!と鴉の頭が叩かれた。 「お前な……」 まるめた雑誌を手にあきれかえった表情の眼竜がそこにいた。頭を押さえながら鴉が頬を膨らませると、彼はその雑誌で肩を叩いた。 「その話はここではすんなって言ってるだろうが」 「前にあんたの解体方法聞かせたの、まだ怒ってんの?」 「んなことはどうでもいいの! 専属医が元解体屋だと分かったら、誰も治療に来なくなるから言ってんだ」 「失礼な! 患者騙して解体するような真似はたまにしかしなかったわよ!?」 「………………」 顔を引きつらせた眼竜に顎でさされて、鴉が前を見ると。琥珀と花梨が手を組んで縮こまっていた。二人とも半泣きだ。 「ありゃ? もう足洗ったし、大丈夫よ」 プルプルと小動物のように震える二人に、鴉は言う。 「なんの話してたっけ? ああ、そうそう。解体屋もそろそろ引退しようかって時にこのバカに勧誘されて、給料良いからうつってきたの。以上」 「バカっていうほうがバカなんだぞ」 溜息をつきながら、ぶつくさ言う眼竜に鴉が楽しそうに笑う。 そうして、ちらりと彼女は琥珀を見た。 ーーーー勧誘されたきっかけがあんただってことは、口止めされてるしね。 その昔。 鴉は、貴族が保有するペットの遺体を受け取って、解体するのを生業にしていた。偶然見つけたコネではあったが、女の解体屋は珍しかったのでオジサマ連中にごひいきにさせてもらった。おかげで、死体の入手ルートには困らなかった。 そんな頃、ある屋敷で会ったのが、琥珀だ。 これが、貴族のところで琥珀を見た最期になった。すぐ後に、よその誰かのところに貰われていったそうだ。 その後、内部を知りすぎたという理由で、鴉は暗殺者に狙われるはめになった。 初めは自分で対処していたが、さばききれなくて命をとられかけたところを助けたのが、当時琥珀の行方を捜していた眼竜。 心身共に弱り切ったところに、正義の味方よろしく助太刀されたら……落ちるのも当たり前じゃない? 今時、子どもが読む恋愛小説でもないようなベタなチュエーションで落ちるなんて思ってもみなかったけれど。 そのままずるずると思い続けて、五年が経過している。 いい加減気づけこの馬鹿。 「……さてと。そろそろ仕事しようかな」 立ち上がって伸びをした鴉に、琥珀が微笑んだ。 「がんば、って」 「ほいよ〜」 彼女に笑い返して、鴉はひらひらと手を振りながら食堂を出て行った。 一つ、誤解がないように。 確かにお金儲けもあったけど、私はこの子を助けてあげたかったの。 疾風さまとは違う形で。 |