すきなもの、例えば、頬に触れる手。 ゆっくりと顎にかけて滑るのは大きくて、皮の厚い、ゴツゴツした手。触れられた瞬間に体が震えて、まるで金縛りにかかったように動けなくなる。 俯いていたら上を向かされて、目が合う。 ゆっくりと近づいてくる綺麗な顔を見られないのは勿体ないけれど、目を閉じて少し身構える。 「…っ、……」 薄い唇が触れ合って、すぐに離れる。 軽いそれに目を開ければ、至近距離にあった疾風さまが笑った。目の端をつり上げた彼はの喉の奥から、低い声が漏れる。 「そんなに怯えなくても」 「う……ん」 寝室の、ベッドの上。もう寝るだけという格好で、疾風さまと二人で向き合っている。 けれど、今したのは、『おやすみのキス』じゃない。 だって、手は頬に添えられているままだ。 疾風さまは不本意そうにしているけれど、私が怯えるのは仕方ないことだと思う。疾風さまとの行為は、とって食われるの表現がぴったりだから。 もちろん嫌なわけじゃ、全然ない。この後のことを期待して、体がむずむずするのがその証拠だ。そんなこと、恥ずかしくて絶対に言えないけれど。 体を繋げる行為がこんなに幸せだなんて知らなかった。諦めと苦痛しか見いだせなかった頃は、嫌悪感しかなかったのに。 「にしても、あいついつもながら良いセンスしてるよな…」 頬から離れた手が、疾風さまの口元に持って行かれる。 視線は今着ている服に注がれた。笑顔で鴉が持ってきた、体の線が見えるほど薄い寝間着。フリルがたくさんついていて、お姫様みたいなの。 ……でもこれ、鴉さん、もうちょっと背が高くて胸がある人じゃないと似合わないんじゃないかな…? 胸元はスカスカだし、手も長い裾で隠れてしまっているし。 しばらく、そのまま時間が過ぎる。 見ているだけで、何もしない疾風さまに、頬が少しだけ膨れてしまう。 服じゃない、私を見て欲しいのに。 意を決して、疾風さまの手を取ると肘から先をぎゅーっと抱きしめた。わざと、ささやかながら成長した胸も押しつける。 「……………琥珀」 ちょっと驚いた顔をした疾風さまの声に、瞑っていた目を開けて顔を上げる。彼は端正な顔はそのままに軽く微笑んだ。 「言葉で、ちゃんと言って」 空いている方の手が伸びてきて、指先が唇に触れる。 それがひんやりと感じるのは、自分の顔が紅くなっているからだろうか。 「………早く、…し、よ………?」 自分の耳にもやっと聞こえるくらいの小さな声。 けれど彼は、かしこまりました、と口の端を持ち上げた。 |