序章






 今日はすごく寒いと思ったら、窓の外には不思議な光景が広がっていた。






「何見てるの?」

 後ろから急に話しかけられて、琥珀は緩慢に振り返った。
 少し前に起きたばかりで、体がひどく重く、それだけの動作もひどく億劫だった。

 話しかけてきたのは金色の髪の少年。彼は、天使のように綺麗な顔で少しだけ微笑んでいた。

 部屋の中には他にも何人もいたが、寒さに閉口して窓より暖炉に群がっている。



「……」



 琥珀は無言で今まで見ていた窓の外を指さす。

 そちらに目をやって、彼は少しだけ目を見開いた。

「なんだ、どうりで冷えると思った」

 部屋から外を見ることができるのは、今覗き込んでいた窓だけだ。琥珀の両手で塞げてしまうくらい小さなもの。
 それもはめ込み式で、開けることすらできない。


 琥珀はもう一度窓を覗き込んだ。

 ほんの少しだけ見ることができる空は、薄灰色の雲に覆われていて、そこからまるで羽のように白いものが止めどなく降ってきている。

「…あれ、なぁに?」

「雪、っていうんだよ。 琥珀は、見たことないの?」

 まだ幼い少女はその言葉に首を傾げた。

「わから、ない」

 見たことや聞いたことがあるかもしれないが、頭の中には知識も思い出も浮かんでこなかった。

 ただ、その言葉の響きが気に入って、彼女は小さくユキ、と呟いた。


「雨が寒さで小さな氷になったもの、かな。 ちなみにマシュマロ味だ。美味しいよ」


「えっ」

 少しだけ顔を輝かせて、隣にいる少年を見る。その瞬間、彼は吹き出した。

「ごめん、ごめん。 本当は何の味もしない」

 嘘だと分かって頬を膨らませた琥珀の頭を撫でて、彼は訂正した。

 まだ大人になっていない、あどけなさの残る顔に少年が微笑みを浮かべる。そしてもう一度窓の外を見た。

 琥珀も黙って隣に並んでいた。

「積もったら、雪合戦したり雪だるまを作って遊べるんだけどな」

 外を見たまま少年が呟く。そしてコツ、と少年は額を窓に当てた。

 ガラスの冷たさで外の寒さは分かっても、手を伸ばして雪を掴むことすらできないのが、歯がゆくて仕方がない。

「……あ、のね」

「帰ってきた」

 ガラスの向こう側を見て、少年が目を細めて呟く。

 その一言で、部屋の中に緊張が走った。

 暖炉の前にいた、簡素な服を着た少年少女たちが、お互いに不安そうな顔を見合わせる。

 悲痛に満ちた呟きや、大きな溜息が部屋の中に充満して、先程よりも部屋の中が暗くなったように感じた。

 琥珀も窓の外を見る。一瞬だが、庭木のすき間から豪華な馬車の姿が見えた。




 主人が、帰ってきた。




「大丈夫だよ」

 温かい手が肩に置かれて、優しい声が落ちてきた。知らず、震えていた琥珀が見上げると、笑った顔の少年と目が合う。



 少し乱暴に琥珀の右腕を掴んで、少年が部屋の隅に引っ張っていく。

 彼が何をするのか気づいて、琥珀はその手を振り払った。その様子を見て、少年ーーー空木が、焦った表情になる。

「琥珀、言うこと聞いて」

「……っだめ…」

 再び掴もうとする手から逃げる。しかし、線は細いとはいえ彼の方が体は大きく、今度は胴をひょいと持ち上げられてしまった。

「や…っ、…うつぎ…!」

「おっさんが帰ってきたって?」

 暖炉の傍にいた黒髪の少年が、押し問答をする二人の方に歩いてきた。

 夜叉、と空木が少年の名前を呼ぶ。金色の瞳の彼は女の子と見まごうほどの整った顔立ちをしていた。

「あの悪趣味な馬車は間違いない」

「…しゃーねーな」

 黒髪の少年が小指で耳をほじって、呟く。

 そして床に下ろされた琥珀の右腕を夜叉が、左手を空木が持った。

 少年二人に連行されて、琥珀はそのまま部屋の奥のクローゼットに入れられた。

 扉を閉めようとする夜叉の腕を掴んで、琥珀は必死に首を振った。

「だめ……こん、な…!」

「チビが遠慮すんな、兄貴分の命令はしっかり聞いとけ」

 無理矢理扉が閉められて、鍵がかけられる。

「情けないけど、これくらいは格好つけさせて」

 トン、という軽く扉を叩く音と共に空木の声が聞こえた。




 同時に、気味が悪いほど大きな、錠前の開く音。

 そして錆び付いた重い鉄の扉がゆっくりと開く音が、部屋中に響いた。






















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