雪の日 #5





 コップを置いた後、視線を下げて口元を押さえる疾風を見ながら、琥珀は展開について行けずに混乱していた。

「の…飲ん、だ…」

 全部自分で飲むと言ったのに、何故疾風も飲むのだろうか。
 いや、それよりもこの状況は…。

 ベッドの上で疾風と向かい合って座っていた琥珀は、全身から血の気が引くのを感じた。

 まだ疾風は動かないので、できるだけ静かに、座ったまま後ろに下がった。

 本能的な悪い予感に、そのまま逃げ出したい衝動に駆られる。けれどもどうせ逃げ切れるわけもなく、だが、媚薬など飲んだ疾風を相手に明日の朝まで生きていられる気がしない。

 様々なマイナス思考が頭の中を飛び交ううちに、疾風が顔を上げた。

「ん。飲んだ」

「…飲んだ、ら……」

「自分が大変なことになるって?」

 危惧していたことを言われて、琥珀が言葉に詰まる。

 軽く笑った疾風は彼女が下がった分だけ距離を詰めて、目の奥を光らせながら、言った。

「さて、薬が効き始めるまで暇だし、賭でもしないか?」

「……か、け?」

 同じ言葉を呟いた琥珀に頷いて、

「効き目が出るのも同じくらいだろう? 我慢できなくなった方が、負け」

「………」

「俺が負けたら解毒剤を渡してこのまま寝かせてやるよ。 琥珀が負けたら、…分かってるよな」

 そう言って、疾風は返事も聞かずに琥珀を背中から抱きしめた。触れられた瞬間は緊張で身体を硬くした琥珀も、疾風がそのまま何もしてこないと分かって、少しだけ力を抜いた。



 暖炉に火が入っているとはいえ、部屋は少し寒い。だから、寄り添う体は温かくて気持ちよかった。

 パチパチと薪が燃える音が静かに響き、薄暗い部屋の中の光といえば炎かランプのオレンジ色だけ。その穏やかさに眠ってしまいそうになる。

 少しうとうとしかけた頃、疾風が口を開いた。

「雪はどうだった?」

「! ……ん、と…冷たく、て楽し…かった…」

 唐突に聞かれて、再び身体を硬直させながら琥珀が答える。

「ゆきだる、ま、とか…うさぎ、作って…。 でも、マシュマロ、みたいに甘くなかっ、たから……空木、ウソついてて……うん、でも、雪、は好き…」

「…………ちなみに、俺が何で怒ってるか分かってるか?」

 いきなり話が変わったので琥珀は、首を傾げた。しかし、すぐに申し訳なさそうに俯く。

「……か、勝手に、外、出た…から…?」

「それもある。あとは、軽く変装しているとはいえ、俺の知らないところで『琥珀』をやつらに見られたのが嫌」

「…………なん、で?」

 直球ではない表現は、琥珀には通じない。

 後ろを振り返った琥珀の肩から、糖蜜色の髪が滑り落ちた。その様子を見て、眉を上げた疾風はぼそりと呟いた。

「あそこにいたメンバー全員、眼球くり抜いてからクビにしてやろうか…」

「……!? だ、だめ、だと、思、う……」

 分からないなりに責任を感じて、琥珀はプルプル震えながら訴えた。

 疾風の場合、やりかねないし、現実に実行できるところが非常に厄介だ。

 冗談なのか本気なのか、琥珀の言葉に返事を返さずに、疾風はちらりと懐中時計を見た。

「……そろそろか」

「なに…が………っ」

 ぎゅ、と強く抱きしめられると同時に、琥珀は自分の身体の変調に気づいた。









 飲んで十分ほどしか経っていないのに、抱きしめたままの彼女の体が妙に熱くなって、呼吸が速くなってきた。時折、耐えるように小さく体を捩る。

 悪戯心が沸いてきて、疾風は 煽るような指使いで、彼女の膝から足の付け根に向けて手を滑らせた。

「…っ…っふぁ」

 体を震わせて、掠れた甘い声が飛び出る。咄嗟に飲み込もうと口を塞ぐ琥珀に笑って、華奢な肩に額を押しつけた。

 寝着の裾から侵入した手で、手触りのよい肌に触れる。熱があるのではないかと思うほどの熱さに同情すると同時に、欲情した。

「勝負は…決まりだな」

 琥珀は負けを認めたくないようで、口を塞いだまま首を振る。

 色々な媚薬を飲み慣れている琥珀だから、かなり強いのを用意した。本当は座って服を着ているのもしんどいはず。この少女は本当に、いらぬところで我慢強い。

 だが、そんな意地張りなど些細なことだ。

 どうせ勝負が分かっているゲーム、折角だから遊ばせてもらおう。

 肩口にわざと息を吹きかけると、大きく体を震わせた。口を塞ぐ手を無理矢理どけさせて、小さな唇に指をつっこむ。もう一方の手で、まだ小さな胸の先端を弄んだ。


「っふぅ、ぅ…あ…っ…や、やぁ…! 疾風、さま、や…っ」

 首筋にキスを落としながらしばらく適当に肌の上を這わせていると、琥珀は疾風の名前を呼びながら先程よりも大きく首を振った。

 少し違う様子に、さすがに手を止めてベッドに下ろす。その上から覆い被さるようにしていると、琥珀は紅い顔のまま疾風を見上げた。

 少しはだけた寝着から雪のように白い肌と紅い痕が覗く。この世の甘いものを全て集めて作ったような、愛らしい恋人は、綺麗な琥珀色の眼を潤ませて、手を伸ばした。

「顔、見えな…いの、や…」

 ほとんど聞こえないほど小さな声で言った琥珀は、もう一度首を振った。



 相当薬が効いているらしい。



 恥ずかしがり屋な彼女からは滅多に聞かない、貴重な台詞に疾風は感心した。

(地区内での商いでも融通してやるかな…)

 この媚薬を持ってきた薬屋の顔を思い浮かべて、そんなことを考えていると、押し倒した状態の琥珀が軽く服を引っ張った。

 そちらに眼を向けると、琥珀は荒い息のまま小首を傾げた。

「はや……て、さま……薬…は…?」

 こちらの様子が全く変化ないことに、ようやく気づいたようだ。

「ああ、もちろん飲んだふり」

 ふりをして、仕舞っていた錠剤を人差し指と中指で挟んで見せると、琥珀はしばらく無言になり。

 上気した顔を面白いほど青くして悲鳴にならない声を上げた。

 この少女は、どうしてこうも人の嗜虐心を煽ってくれるのだろうか。

「時間差つけた方が、効果が上がる薬らしくてな」

 今度こそ、疾風が薬を口に含む。そのまま、ベッドに力なく投げ出された手首を押さえて、琥珀に顔を近づけた。

 細い手首に緊張が走るのが分かるが、そのまま口づけをする。

 ビクンと震えた琥珀は小さな錠剤が疾風の舌に乗って口に入ってきたのを、どうにか押し返そうとした。

 しかしすぐに、喉の奥まで押し込まれて、息苦しさに耐えられず琥珀はそれを嚥下した。

 それを確認して、疾風が顔を離す。

「……っはあ、ぁ、…っあう」

 一つであれだけ効果があるのだから、二つでは。  結果はすぐに現れた。

 琥珀は顔を歪ませて暑くて堪らない様子で、服のボタンに手を掛けた。しかし、指先に力が入らず、思うように外れないようだ。

「や……、…あつ、ぃ…!」

 生理的な涙がぽろぽろと溢れて、琥珀の頬を濡らす。

 疾風は首筋にキスを落として、ショーツの紐を解くと、入り口を軽く擦っていきなり指を中に挿入した。

「………っ」

 背骨を反らした琥珀の肩をベッドに押しつける。そのまま、指を軽く曲げて中を探る。

「っひ、ぅ…ん、…!! ……っ…」

 薬の効果で、いつも以上に敏感になった上、わざと弱いところを外して刺激を送る。

 その行為に、琥珀はまともに呼吸も出来ずに、ただ嬌声をあげるしかなかった。

「…………っは、…っ」

 力が入らない身体は疾風の格好の餌食だ。だがしばらくして行為の半ばで、指が引き抜かれた。

 愛液に濡れたそれを舐めた疾風は、冷たい瞳で琥珀を見下ろす。

「はや、て……さま…?」

「一人だけ気持ちよくなるなんて、ズルイよな?」

 静かな疾風の言葉に、琥珀はヒュッと軽く息を飲んだ。
























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