雪の日 #6





  ベッドの端に座った疾風の前にひざまずいて、それを舐める。

 固くなったそれを両手で包んで、琥珀は必死に舌や口で慰めた。昔取った杵柄、とまではいかないがやり方は知っている。

 ただ今まで疾風がそれを要求することがなかったので、疾風のいいところを琥珀はまだ知らなかった。

 薬の所為で回らない頭では余計に、満足させるのは難しいように思えた。いくら刺激を与えても疾風は反応を返さず、ただ面白そうに彼女を見下ろすだけだ。

 時折髪を撫でられる琥珀の方が、よほど敏感に反応している。

「どうした?」

 密やかな笑い声と一緒に降りてくる声に、ピクリと琥珀は体を震わせた。

「…あ………」

 もう限界だ。

 手を離して、琥珀は自分の身体をなんとか立たせた。

 先程中途半端なところで終わったために、どうしようもなく辛い。サウナに入ったように全身にひどく汗をかいていた。

 心拍数が上がってこめかみが痛い。

 呼吸が上手くできなくて、息が出来ない。

 視界は狭く、霞がかってよく見えない。

 脱ぐことを許してくれなかったので、彼女はシャツを羽織ったままだ。ほとんど力が入らないまま、琥珀はこの熱を静められる唯一の人物の耳に、口を寄せた。

「……、だ……め…?」

 疾風はぐいっと彼女の身体を離した。

「琥珀、おねだりはそうじゃないだろ?」

 両側の脇腹を掴まれたまま、そう言葉を返される。一瞬きょとんとした顔をした琥珀は、薬と熱で紅くなった頬を更に赤く染めた。

「…、あ………の……」

「ん?」

「………………」

 あちらこちらに向けていた視線を、観念して上げると、疾風はやけに嬉しそうに笑っていた。

(…う〜〜〜……)

 すでに負けは決定している。

 浅い呼吸をしているのが精一杯で、眉を少し歪ませるくらいしかできなかったから、琥珀は心の中で頬を膨らませた。



 これからもきっと、自分はこの人に負け続ける。

 薬のことじゃなくて。例えばこういう時、言ったら疾風が喜ぶと思うから、それが見たくて負けてしまうのだ。



「…………はや、て…」

 呼ぶと、疾風は少し口の端を持ち上げて、琥珀の頬を軽く撫でた。

「…ず…っと、そばにいる、……から」

 しんと静まり返っているのに、呼吸音が酷くてよく聞こえない。けれども、疾風はじっと耳を傾けていた。

「…は、疾風、しか…」

 未だに敬称のない呼び方は慣れない。

 恋人になってからは名前で呼ぶようにと言われているものの、長年の染みこんだ習慣はなかなか消えず、いつもつい『様』を付けてしまう。

 初めは呼び捨てでないことを怒っていたけれど、最近は諦めたようだ。もしくは静かに怒っているだけか。

「えと……欲しくな、い………よ」

 ろくに呼吸ができないので、話すだけで息があがった。最後の方は消え入るような声で、言い終わった後は思い切り空気を吸い込んだ。

 ここに残ると言ってから、疾風はよくこういうことを聞きたがった。琥珀としては、当たり前と思っていることなのに。

 そして言った後は決まって、痛いほどきつく抱きしめられるのだ。

「もう、いいな」

 それがなんの合図か気づいて、返事をする前に全身を貫く衝撃がきた。一気に体の奥まで侵入した疾風に、琥珀が声にならない悲鳴をあげた。










「っひ、う…ぁ…」

 突き上げるたびに小さな体が跳ねる。

 何時間が経っただろうか、すでに衣服が取り払われ、白い肌にたくさんの紅い花をつけた琥珀は、焦点の合わない目で宙を見ていた。

 媚薬はまだ効果が続いているようで、まともな思考も出来ていないだろう。

 ただ人形のように揺さぶられるまま、知り尽くしている弱いところを攻めれば、鼻にかかった悲鳴を上げた。

「や…っ、も、ぅ……」

 絶頂の波が近いのか琥珀が小さく声を上げた。

 もう何度目だろう。
 すでに意識が半ば飛んでいて、与えられる刺激にただ反応するだけだ。体格も体力違う疾風を相手に、相当辛いのは見て取れた。

「駄目だ。我慢」

 疾風もそろそろ限界が近い。さすがに彼も声が掠れていたが、『待て』を指示する。

 もう開けることも出来ないらしく、琥珀は眼を瞑ったまま眉根を寄せた。腹部に力が入って彼女が必死に耐えているのがわかった。



「……琥珀は、俺が好きか?」

 その顔を見ているうちに、ふと口から言葉が零れる。

 言った後に、疾風は驚きで眼を見開いた。

 彼の動揺を知ってか知らずか、琥珀は泣きすぎて溶けてしまいそうな瞳で疾風を見て、ゆっくり一度頷いた。

 その返事に心の底から安堵しつつ、さらに言葉が零れた。

「………こんな事をされていても?」

「…、ッんーーぁ……」

 激しくなった律動に、琥珀はあっけなく達する。シーツをぎゅっと握って背中を弓なりにし、琥珀はその感覚に耐えていた。

 疾風も息を吐いて琥珀の中に欲望を吐き出す。琥珀はそこで目を見開いて、またポロポロと涙を流した。

 身体の硬直が終わった後シーツの上に倒れた琥珀は、そのまま眼を閉じて、気絶した。

「…身勝手で独占欲が強くて、好き勝手に身体を弄ぶような男だぞ?」

 呟きに応える声はない。

 疾風はふーっと長い息を吐いて、琥珀からゆっくりと身体を離した。
























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