探しモノ #3






 バサ、と疾風は世界地図の上に、2枚目を乗せた。自国の地図だ。

 巨大な島国の右側に位置している国なので、左側に陸地、右側に海が描かれている。歪な図形の国土。その地図のそこかしこには、英字で地名が書かれていた。

「…………………………」

 じぃっとその地図を見ていた琥珀は、疾風を振り返った。

「アンダーリバー、は?」

「ここ」

 海にもほど近い、地図の一点を指す。川が四方から流れてきている様子も描いてあった。琥珀はきょろきょろと周りを見て。

「霧生様、のところ、は?」

 また問いかける。

 疾風の指がアンダーリバーから左上へ、地図をたどった。

「ここ、は?」

 今度は琥珀の指が地名を指した。それを覗き込んで、疾風は丁寧に答えていく。

 いくつもの名前。

 華奢な指が九個目に指したところを見て、疾風は瞬間的に答えに詰まった。

「ーーーキョクフウ」

 動揺は気づかれなかっただろうか。

 2,3個指した後、もう一回地図を見て、琥珀は疾風を振り返った。

「……ありが、とう。」

「どういたしまして。で、新聞は?」

 かさりと折りたたまれた新聞を頭の横で振れば、ぱっと琥珀は顔を輝かせた。

 渡されたそれを眺めていた琥珀。時間が経つにつれて難しい顔になった。

 予想通りといえばそうなったので、疾風は苦笑する。『読めない』とは口が裂けても言わなさそうだけれど。

「………む、……ぅ」

「今の大きな話題といえば、これかな」

 頭から煙が出そうなところで助け船を出した。  新聞の中でも大きくスペースをとった記事。そこにはこの国の皇太子について特集が載せられていた。

 結婚適齢期であるというのに、嫁候補に振り向きもしない。この国はどうなるのか。そんな話題。

「平和でなによりだ」

 異国では戦争をしている国同士もあるというのに。

 ちょこんと座った琥珀がへいわ、と言葉を繰り返す。その頭を撫でながら、疾風は思った。

(それにしても……)







「琥珀に伝えてないよな?」

 翌日。仕事場にやってきた眼竜に、疾風が詰問する。

 おはよ〜さん、と扉を開けた瞬間、胸ぐらを掴まれて引きずられた格好になった眼竜は、プルプルと首を振った。

「言ってねぇって。そもそも、俺、あれからなんだかんだで琥珀ちゃんに会ってねぇもん」

 無実を訴え続けて五分。ようやく解放されて床に手をついた眼竜を、疾風は冷たく見下ろした。

「あの二人がいるのは、キョクフウ地区だな」

 氷雨を訪ねてきた二人を帰した後、こっそりと馬車でつけた眼竜。着いたのは、アンダーリバーから二時間程度離れた、キョクフウ地区であった。

 貴族の跡取りが住むにはこじんまりした屋敷に、二人が入っていくのを確認して、疾風に報告。それ以降は誰にもなにも話してはいない。それくらいの分別はつけている。

「……偶然、にしては出来すぎだな」

 地図を見たいといった琥珀の言動の全てが。何かの意図を持っているようで、疾風は眉をしかめる。

 元々、頭のいい子だ。なにか、企んでいる可能性はある。

「………今からでも、問い詰めて…」

「あー待て待て待って下さい疾風さん。顔が超怖いんですけどー」

 ゆらりと動き出した疾風を押さえて、眼竜がなだめるように言う。

「お前なぁ、女の子に何する気だっつーの。いいじゃねーか、地名知ってるくらい」

「脱走したら困る」

「ハムスターか!」

「一回してるだろ」

 そう言われて、眼竜がぐ、と言葉をのむ。

 確かに昔、琥珀は氷雨の保護下から抜け出て、外へ出て行ってしまった事がある。馬車に乗る知識も、土地勘もない彼女は案の定迷って、大変な事になりかけた。

 氷雨総出で探したのも、覚えている。脱走を手引きした女性二人の死も。

「でも琥珀ちゃんは自分の意思で『ここにいる』って言ったんだろ。これ問い詰めたら、疑ってることにならねーか?」

 今度は疾風が痛いところを突かれた。

「場所を知ってるのも仮定の話だし。あいつらと話したっつってもすぐにお前の横槍が入って、場所伝えるどころじゃなかったろ」

「……眼竜のくせに」

「何か言ったか!?」

 ぼそりとした呟きに肩を怒らせた眼竜をふりほどいて、疾風は息をついた。

「わかった。今回は保留にしといてやる」

「マジで? お前が俺の言う事聞くの珍しいな。あーじゃあ、頼みついでにもう一つ、例の」

「断る」

 話す前から切って捨てられたお願いに、眼竜が泣き落としにかかった。

「頼むよ!! 本当に労働力不足で死活問題なんだって! あの門番……えーっと、そう、楓! 最上階の警備組に入れさせてっ」

「姿見るたび殴っていいか?」

「駄目です!!」

 悲鳴を上げた眼竜を見て、疾風が露骨に嫌そうな顔をして舌打ちする。しかしそれ以上反対はせず、席に戻って仕事の続きを始めた。

 これは話を進めてもいいということかな。

 そう判断をして、眼竜はほっと胸をなで下ろした。











 自室で、琥珀はクローゼットを開けた。

 疾風の父親から贈られてくるたくさんの服が入っているそこに、小さな棚がある。彼女はその一段目に入っていた箱を取り出した。

 少しだけ、きょろきょろと周りを見回す。

 そしてもちろんだが、部屋には誰もいない事を確認してその蓋をあけた。

 中には小さな硝子でできた動物や、造花の髪飾りが入っている。疾風や花梨、眼竜から貰った、琥珀の宝物だ。

 その箱の一番下、敷いている布の下から、琥珀は紙切れを取り出した。

 広げると、中に空木の名前と、文字と数字が並んでいる。ひらがなで書かれているのは、少しでも読めるようにという配慮だろうか。

 あの日。

 廊下で空木と握手をしたときに、手の中に入ってきた小さな紙。その中身を聞く前に、疾風に見つかって思わずポケットに隠してしまったもの。

 文字と数字はきっと住所。ここに二人がいるのだろう。

 疾風に渡すべきか悩んだが、結局琥珀はこの紙を秘密に仕舞いこんだ。  渡したら恐らく、返ってこないと思ったから。

 几帳面な文字が躍るその紙は、琥珀にとっては、かけがえのない大事な親友たちとの接点だ。

 一生その住所に行くことはなくても、二人に会えなくても持っていたかった。あの再会が現実だったという、確かな証として。

「キョク、フウ……」

 バレなかっただろうか、いきなり地図が見たいなどといって、不審に思われなかったか。昨日の疾風とのやりとりを思い出せば、未だに冷や汗が出る。

 けれども、二人がいる場所の大体の方角は知れた。それが、嬉しい。

 琥珀は紙切れを小さく畳むと、見つからないようにとまたひっそり箱に隠した。


















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