教訓:手紙は送り主をきちんと確かめてから開けましょう。1






   机の上に置いた白い封書を前に、疾風は腕を組んでじっと座っていた。

 蒼い蝋で封印されたそれに差出人の名前はどこにも書いていない。その代わり、達筆
な字で『こはくさまへ』とだけ書いている。

「なあ〜、とりあえず本人に見せた方がいいんじゃねえ?」

 考え込んだまま進展のない疾風を見ながら、横手にその封書を眼竜が掻っ攫った。
 舌打ちして、疾風はすぐさまそれを奪い返す。

「十中八九、ろくなモンじゃない」

 これを見た瞬間に確信めいたものが走った。見れば見るほど胡散臭い封書。

 もしこれが疾風宛だとしたら、差出人不明の時点で即刻捨てているところだ。が、琥珀
宛――――となると、少々話が変わってくる。

「そう言いつつ捨てる気配ないだろうが。迷ってる証拠だ」

 言い当てられて、疾風は顔を顰めた。

 誰からかは分からないが、手紙がきたと知ったら、きっと琥珀が喜ぶ。
 それが容易に予想出来るから、無下に捨てることが出来ないのだ。

「…ホント、お前琥珀ちゃんが絡むと人格変わるよな」

 感情よりも理性が先立つ疾風だが、琥珀が関与すると途端に優先順位が変化してしま
うのも相変わらずだ。

「やっぱり駄目だ。捨てるぞ」

「渡してやれよ。渡すだけならいいだろ」

 封書の取り合いになっているうちに、手の中から弾かれたそれが風に乗ってドア近くの
床に落ちた。

 あ、と二人がそちらを同時に見たその時、扉が開いて琥珀色の瞳が覗いた。


「あの、ご飯でき、たよ、って」


 遠慮がちにそう言った琥珀が、ふと床に落ちている封書を見つけてしまった。


「私の、名前?」

 疾風はそれを急いで拾ったが、自分の名前が書かれてあるのが分かったらしい。彼女
は首を傾げて疾風の手にあるそれをじっと見上げた。

「疾風さま、それ、なあ、に?」

「…………琥珀宛の、封書」

 好奇心に満ちた、純粋な瞳で見られて、疾風は堪えきれずに小さく呟いた。

「今日、他のに紛れて届いた。 差出人不明だけどな」

「え…」

 一瞬キョトンとした後、琥珀の顔にゆっくり喜色が広がる。

 疾風は観念して、手紙を琥珀に手渡した。

「何が入っているかわからないから、開けるなよ」

 封書を手に持って、琥珀は満面の笑顔を浮かべた。

 灯りに透かしたり、振ったりして嬉しそうにしている彼女を見て、さすがの二人も苦笑を
漏らす。

「開けちゃ、だめ?」

「ああ。悪いけど、開けずに捨てる」

 それを聞いた瞬間、琥珀は眼に見えてしゅんと項垂れた。そして疾風が封書を取り返
そうと手を伸ばすと、琥珀は身を捻り封書をぎゅっと胸に抱いた。

「琥珀」

「手紙、読みた、い」

 少し強く名前を呼ぶと、琥珀は首を振ってさらに強く封書を抱きしめた。

「琥珀ちゃん、あのな」

「だ、でも…っ、手紙、もらったの初めて、っだから」

 眼竜が膝をついて目線を同じくして言うと、琥珀は小さく呟いた。

 疾風と眼竜は同時に目を瞑って溜め息をついた。

 封書を手放したがらないだろうとは思っていた。彼女に見られたのはこちらの失態だ。

「…分かった」

 無理矢理奪うことも出来るが、結局、自分達はこの少女には甘いのだ。

「ただし、ゆっくりとな」

 疾風は机の上においてあったペーパーナイフを取って、小さな手に握らせる。

 左手に封書、右手にナイフを持った琥珀は、頷いて不器用な手つきで蝋を切った。

 そして封書を開いた瞬間。







 ばふっ、と、大量の煙がそこから噴出した。







「!?」

 煙に巻かれて、一瞬琥珀の姿が消える。

 思いも寄らない事態に、ギョッと疾風と眼竜は目を剥いた。

 だが、すぐに正気に戻った疾風が腕を伸ばして琥珀を掴まえた。

「っくしゅ、くしゅっ」

 その頃にはすでに煙はあらかた消えていた。小さくくしゃみを繰り返すものの、元気そう
な琥珀に疾風はほっと息をついた。

「大丈夫か?」

「にゃあ。…にゃ?」

 小さく聞こえた猫の鳴き声に、疾風は首を傾げた。それは紛れもなく、目の前の琥珀か
ら発せられているもので。

 そして、煙が完全に消えて現れた琥珀の姿に、疾風は顔を引きつらせた。

「……耳?」

 そっと琥珀の頭に手を伸ばす。


 琥珀の色素の薄い髪の間から、白い毛並みの――――猫の耳が生えていた。




 その柔らかい毛並みに触れると、琥珀はビクンと体を震わせた。

 怪訝な表情の疾風を見上げていた琥珀が、後ろを振り返る。疾風と眼竜もその視線を
追って、開いた口が塞がらなくなった。

 短いスカートの裾から、これまた猫の白い尻尾が生えていた。

 後ろを振り返ったまま、尻尾をひょこひょこと動かした琥珀は、疾風を見上げて顔を青
ざめた。

「み、みいぃっ!!?」

「疾風」

 煙が噴出した時に取り落とした手紙と、ペーパーナイフを拾った眼竜が、低い声をあげ
る。

 ナイフを片手でクルクル回しながら、彼は封書に入っていた四角い紙を見ていた。

 自分の体の変化にショックを受けていた琥珀が、それを見てぱっと眼竜に駆け寄る。

 そして眉根を寄せて、手紙を持つ手の袖を引きながら人差し指で自分を指し示した。

「にゃ…にゃ」

「うん、まあ、琥珀ちゃんの手紙なんだけど…ちょこっと待っててな」

 琥珀が手を伸ばしても届かない高い位置で、手紙が疾風の手に渡った。疾風がそれを
読む間、眼竜は大人しく待っている琥珀の頭を撫でる。

 琥珀は、心配そうな顔でじっと疾風を見ていた。

「……………」

 それを読み終わった疾風は、手紙と琥珀を見比べて、気が抜けたように顔を手で押さ
えてしゃがみこんだ。




















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