『全くの偶然だけど、吸い込むと猫耳と尻尾が生える煙を発明したから送ってあげるよ。
 可愛い小鳥ちゃんを見て発情しすぎないように。 時雨』

 時雨からの封書にはこのように書かれた紙と共に、ベッドに仰向けになった全裸の女性
の写真が付いていた。

 裏を見れば、『これと同じポーズの猫耳小鳥ちゃんの写真を送ってね』と書かれている。

「………殺す…」

 悪ふざけなのか本気なのか分からない兄弟の行動に、疾風は本気で呟いた。

「千蛇っ!!」

 名前を呼べば、忠実な部下はすぐに姿を現した。

 気配もなく人が現れたことに驚いた琥珀が尻尾を逆立てるが、用件を済ませる方を優
先する。

「今すぐあの馬鹿のところに行って、元に戻す方法を聞いてこい。巫山戯たもん送ってく
るからには、解毒剤もあるはずだ」

 馬鹿、に力をいれて命令を出すと、一秒後に千蛇が聞き返してきた。

「ここには連れてこずともよろしいですか?」

「いらん。 その場でついでに息の根を止めろ」

「…はい、努力します」

 少し言いづらそうに言い、疾風に頭を垂れて彼はすぐに部屋を出て行った。

 扉を開けずに部屋に出入りできるため、音は一切ない。気配だけで彼が遠ざかったこ
とを察知して、疾風は眼竜を見た。

「鴉を呼んできてくれ。何か分かるかもしれない」

「そうだな。ちょっと待ってろよ」

 手を挙げてそれだけ言うと、眼竜もいなくなった。

 ばたん、と扉が閉まった後、疾風はハーっと長い息を吐いた。

「にゃあ」

 可愛い声がして顔を上げれば、猫耳をしょんぼりと垂らした琥珀が近くにいた。

 頭を掻いて写真を瞬時に破り疾風が手紙だけを差し出す。だが、怯えの混じる瞳でそ
れを見ていた琥珀が、首を振った。

「にー…」

 罪悪感からか、手紙を受け取らない琥珀に無理矢理それを渡す。
 それでも俯く彼女に、軽く笑いかけた。

「…大丈夫。 すぐ元に戻してやるから」

 手を伸ばして、琥珀の髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。ニセモノではない証拠に、手に
当たる耳の感触は柔らかくて気持ちいい。

 少しもったいなかったが、手を離す。目が合うと、ほっとした表情で琥珀は微笑んだ。
 まだ若干耳は垂れたままだが、尻尾が少し持ち上がってヒョコヒョコ揺れている。



「琥珀宛の手紙だ。読めばいいさ」



 疾風の言葉にようやく琥珀の表情が緩む。

「にゃ。 にゃ……にゃぁ? ぬ?」

 頬を赤らめて嬉しそうな琥珀の眼が文字を追う――――が、すぐに眉を顰めて首を傾
げた。

 当たり前だ。まだ、琥珀は漢字を読めないのだから、時雨からのこの手紙を読めるは
ずがない。

「連れてきたぞ」

 扉を開けて入ってきた眼竜の後ろにいた鴉が、一目琥珀の姿を見るとキラキラ瞳を輝
かせた。

「なっ…なんって可愛いのおお!!!?」

「にぃ!!!?」

 思いっきり抱きしめられて、琥珀は真っ白な尻尾を逆立たせた。

「ちょ、何この可愛さ!!持ち帰って剥製にしたいわ!!いやいっそホルマリン漬け!?
 いいですか? 疾風さま!」

「お前を先に殺すぞ」

「にゃーっ!!」

 鴉の物騒な言葉に、琥珀は鴉の腕の中でじたばた暴れた。

 本気で怯える琥珀を鴉の腕から救出して、疾風はその体を抱え上げた。

 プルプルと震える琥珀が首にかじり付く。尻尾まで心なしか震えていた。

「…元に戻せそうか?」

「どうですかね、こんな症状初めて見たもので、なんとも…」

 名医である鴉も、不思議な患者に困ったように呟いた。

「鴉様、猫じゃらしなんて何に…」

 手に猫じゃらしを持った花梨が、部屋に入ってきた。次いで、尻尾をゆらゆら揺らす琥
珀の姿を見て、固まった。

「こ、琥珀様…?」

 ショックを受けた顔で花梨の手から猫じゃらしが落ちる。

 気持ち悪いと言われるかと、琥珀はぎゅっと目を瞑った。



 しかし、次の瞬間に聞こえてきたのは、発狂寸前の黄色い悲鳴だった。

「きゃ―――!!!! か、かかか、可愛い―――!!!!あ、そうだ!!」

 悲鳴を上げたのち、手をポンと叩いた花梨はその場から姿を消してしまった。

 どうしたのかと琥珀が首を傾げたところで、手に黒い布を持った花梨が現れた。そして
全員の前でそれを広げる。

 それは、半袖のこれでもかとふんだんに黒レースを使ったドレスだった。

「白耳にこの漆黒はすっごく似合うと思うんです」

「……にゃ?」

「いいわね! 琥珀ちゃん、普通は白とか淡い色ばっかりだから!」

「あーっ、でもでも、感じを変えて水着も着てもらいたいです! は!霧生さまから送って
もらった巫女服、どこしまいましたっけ!?」

「ちょっと!こうしちゃいられないわ!! クローゼットひっくり返して手当たり次第持って
くるのよ!」

「はいっ!!」

 首を傾げたまま眼をぱちくりさせている琥珀をそのままに、着せ替えに燃える女性二人
は凄い勢いで部屋を出て行った。

 まさに台風のような入退出の仕方を見ていた眼竜が、ボソリと呟いた。

「もうちょっと真剣に悩めや」

 疾風も心の中で全くだと溜め息をついた。

「にゃぁ…」

 首にかじりついていた琥珀が身体を離して、小さく声を漏らす。

 申し訳なさそうな顔に苦笑して、怒ってないと伝えるために琥珀の背中を軽く叩いた。

「…ほら、琥珀ちゃん」

「! にゃっ、にゃ! なー」

 眼竜が、花梨が持ってきたねこじゃらしを琥珀の前で振る。すぐに反応して、琥珀が一
生懸命その動きに合わせて手を出した。

「……お前も面白がってるだろ」

「あ、分かった?」

 抱えている疾風の手から落ちそうなほど身体を乗り出して、ねこじゃらしを追いだした。

 ……本物のネコに近づいているのだろうか。という疑問がほんの一瞬、頭を掠めた。

「――――琥珀」

 少し低い声で名前を呼ぶと、琥珀はビクッと小さく体を震わせた。琥珀はそれ以上は抵
抗せずに耳と尻尾を垂らして、大人しく手を引っ込めた。

「……さすが。 随分と躾は厳しく――――あだっ」

 ねこじゃらしをゴミ箱に捨てた眼竜の頭に、何故か石が降ってきた。

 完全に油断していた彼は、痛みに耐えかねて部屋の隅で頭を抱えて蹲る。

 そこへ千蛇が戻ってきた。石は多分、挨拶代わりだろう。

 いくらなんでも早すぎる千蛇の帰りに疾風が顔を顰めると、彼は下げていた頭を上げた。

「火急と思いまして、身近な情報源を連れてきました」

「……えと、なんか不都合ありましたか…?」

 ドアからこっそり覗くのは、癖の強い茶色の髪。一目見ると忘れられない文様の描かれ
た頬。

 雲雀が、恐る恐るという文字を全身で表しながら、部屋の中に入ってきた。

「ああ、そういえばいたな」

 琥珀を床に下ろした疾風が、どうでもよさそうに呟いた。




















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