BATHTIME LOVER2






 組織のボスである疾風の部屋は、広い。

 なにせ、最上階であるこの階の面積の半分以上を占めている。なので、風呂場も結構
広い。大人三人程度なら楽に入れるほどの湯船と、シャワーが取り付けられている。

 ちなみに湯船は風呂好きな疾風の父親の設計によるものらしい。

 それはさておき。

 床に竹が敷き詰められた広い脱衣所で、琥珀は降ろされた。そしてそのまま、何も言わ
ずに疾風は服を脱ぎ始めた。

 バサッという音と共に落ちてくる服を見て、琥珀はかなり慌てた。

「あ、あの…っ…」

「ん?」

 すでに上の服を脱ぎ終わった疾風が振り返る。

 服を着ているときには分からない、ほどよい筋肉質の体。ガタイがいいというだけではな
く、しなやかな野生の獣のような引き締まり具合。

 着痩せするタイプなのでいつもは分からないが、相当鍛えているのが伺える。

 そして、体のあちこちにある古傷。ぱっと眼に入るのが、わき腹にある二十センチほどの
もの。縫った痕もくっきりと残っている。

「琥珀?」

 その声で、自分がぼーっと疾風の身体を見ていたのに気づいた琥珀は、顔を真っ赤に
して立ち上がった。

「あの、や、やっぱり…いいっ」

 回れ右をし、ぎくしゃくした動きでそのまま走り去ろうとした琥珀だったが、動きはやは
り疾風のほうが早かった。
 すばやく伸びた手がネグリジェを掴み、琥珀はつんのめってバランスを崩した。

「きゃ、ぁ」

「…っと」

 床に倒れると思った瞬間に、疾風の手が胴回りに滑り込む。力強い腕が支えてくれたの
で、琥珀は床に手をつくくらいの衝撃で済んだ。

「どこに行くんだ? 琥珀」

 ほっとしたのもつかの間、床に四つんばいになった琥珀の耳に口を寄せて、疾風が囁
いた。

 その官能的な声にぞくっと身体が総毛立つ。

 身体をそのまま回転させて床に尻餅をついた琥珀を、床に手と足をつけた疾風が覆い
かぶさった。

「……疾風、さま…。 …酔って…、るよね…?」

「そうか?」

 そっけない返事と共に、顔が近づいてきて唇が重なった。

「…っん、ぁ…」

 お酒の匂いで頭がくらくらする。

 いつもより熱い舌が口を割って入り、小さい舌を絡め取って撫でた。

 口中を刺激されるのと同時にくすぐったい感覚が腰の辺りから沸き上がって、琥珀は
息をついた。

 疾風の大きな手がネグリジェにかかるのを、酸欠とお酒の匂いで頭が回らない琥珀は、
ただ眺めていた。







 シャワーの湯が雨のように降り注いで、体にかかる。

 薄い肩に唇を寄せて軽く噛むと、彼女が小さく震える気配があった。

 壁に指を絡ませるようにして縫いつけ、向かい合わせの格好になっているので、顔を肩
から上げると怯える瞳とぶつかった。

 腰まで届く長い髪は水に濡れて、何も着ていない肌の上を金糸のように張り付いていた。
 白い、雪のような肌が淡く染まり、頬も心なし染まっている。

 知らず、喉が鳴った。

「疾風、…さま…」

 小さな唇が名前を呼んだ。

「ん?」

 我ながら低い声だな、と心の中で呟く。怒っているわけでも怒られたわけでもないのに、
それだけで面白いほど分かりやすく、華奢な身体が震えた。

 ここらで少し、疾風の酔いがさめて来た。

 半分以上寝た脳みそで、よくもまあこんな状況をつくったものだと、まず自分に感心して
しまう。どうやら琥珀の顔を見て条件反射で風呂場に連れ込んだらしい。…それにしても。 

 琥珀の首筋から、胸元、おへその辺り、太ももまで綺麗な白い肌に、華が咲いている。
もちろんおぼろげながらも行為の感覚はあるのだが、いつの間に。

「………あの、…」

 何か言いたそうな琥珀の顔を覗き込んで、疾風は眉根を寄せた。
 どうにも、彼女の視線がいつも以上に宙をさまよっている。

 その意味を適切に感じ取って、疾風は軽く鼻を鳴らした。

「―――そろそろ裸も見慣ただろ」

 確かに、お互い裸なのだから羞恥心があって当然だが、裸を見られて困るなど思うの
は今更というか。

 不思議なことに、今まで何度か風呂に誘っているが、その度に琥珀は必死に断るので
ある。

 お風呂が嫌いなわけではない。

 水に浮くアヒルのおもちゃとか、水につけると色が変わるスポンジだの、鴉や花梨から
もらったお風呂グッズは風呂場の隅に山積みになっている。
 それで風呂タイムを楽しんでいるのは、周知の事実だ。

 そこでふと、一つの仮説を思いついて、疾風は聞いてみた。

「…嫌なのは、『見る』と『見られる』、どっち?」



 ギク


 それ以外では表現できないほど分かりやすく、琥珀が肩を震わせた。

「……………へぇ。 そういうことか」

手を口に当てて、疾風は怯えた目で見上げてくる琥珀を少し睨んだ。

「琥珀は俺の裸が嫌いなんだな?」

「う……、…………だっ、て…違う、から…」

 小さく呟いて、琥珀は押し黙る。

 琥珀が疾風とのえっちにいつまでも慣れない理由の一つが、それだった。

 今までの主人やペット仲間という前例があるので裸は一応見慣れてはいるが、いかん
せん年齢層が全く異なっているのである。

 ペットならば二十歳を超えない年齢の子ばかりだし、体つきもヒョロヒョロだ。主人にい
たっては五十歳や六十歳、まれに八十歳の人もいたりしていた。

 『若い』『男の人』で『力も強い』疾風にはどうしたら良いのか分からないのが、琥珀の正
直な気持ちであった。

 そして疾風と一緒にお風呂に入りたくない理由は。

 風呂場の方が寝室よりも明るいので、目のやり場に困るからだった。

(まさか、体で嫌われるとは…)

 体を動かすのは嫌いではないし、仕事の合間のストレス発散で眼竜相手に組み手など
をしてもらっている。昔と比べれば運動量は減っているが、それでも自然と筋肉はついた。

 デスクワークが中心になった今でも、組織同士の抗争など有事もあるので体型は維持
していたのだが。

「…絶食して、筋肉落とすとか…」

 半ば本気で呟いた疾風の声に、琥珀は慌てた。

「うう、ん。 っき、気にしなく、ても、だいじょう、ぶ…だか、ら…」

 必死に否定してくれるが、眼が泳いでいるままでは全く説得力に欠けるのだけれど。





  












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