BATHTIME LOVER3






 壁に手を縫いつけられたまま、しばらく無言の時間が過ぎた。

 対処に困って疾風を見上げると、藍色の目とぶつかる。それがいつもよりも真摯な
もので、琥珀の心臓が一つ跳ねた。

 その震えが合図になったように、疾風が動いた。

「…っ、…んっ」

 始めは啄むようなキス。それから、段々と深くなっていく口づけに琥珀は目を閉じた。

 そして舌が口を割って入ってくる感触に、うっすらと目を開ける。

 視線が合わさって、疾風の眼がすっと細められるのが見えた。

「っあ…、は、っんぅ…」

 疾風の舌が口の中を蹂躙していく。
 舌がからみついて唾液が交わり、それでは足りないというようにさらに奥まで入り込も
うとする。

 いつも、先に息が上がるのは琥珀の方で、熱がこもった身体に力が入らず、壁に縫い
つけられた手が身体を支えているような状態だった。

 顔を紅くして肩で息をする琥珀にもう一度触れるだけのキスをして、疾風はそのまま唇
を下に下ろしていった。

「や…ぁっ、はや、て…っさ」

 首筋からゆっくりと身体をなぞる動きがよけいに熱を煽って、琥珀は首を振った。

 お臍の辺りを舐められて、琥珀が一度びくっと身体を震わせる。

「嫌、じゃないだろ」

 一言低く呟いて、疾風は身体の中心に舌を這わせた。

「っ…ふ…ぁ……あ、あぅっ」

 体中に跡をつけられた時からとろけている身体は、疾風の愛撫に敏感に反応した。

 すでに壁から手は離されているが、足を掴まれているので壁から身体を離すことが出
来ない。

「や、あ…っあ」

 足がガクガク震えて、ほとんど自分の足では立っていられない。
 なんとか意識をそらして快楽の波から逃れようとするが、責め立てるようなそれにはど
んな抵抗も無駄だった。

「や、もぅ…ゆる、し……っ」

 断続的に襲ってくる波を堪えつつ荒い息を吐きながら、琥珀が懇願する。

 久しぶりだからそう感じるのか、いつもより容赦がない気がした。

 頬を伝うのが上から降りかかってくる水なのか、自分の涙なのかすら分からない。

「っは、う…ぁ…っあっ−−−−」

 押さえ込むことの出来ない感覚に、全身が硬直した。自分の意志とは関係なく、背がそ
れて頭が壁に当たった。

 そこでようやく手が離れて、琥珀は壁に身体を傾けたままずるずるとお風呂場の床にし
ゃがみ込んだ。

 疾風は無言で口を拭って、ほとんどあふれ出しそうなほど溜まった浴槽の湯を止めた。





   達して力の抜けた琥珀の身体を、疾風は床に座った自分の膝の上にのせた。前向き
に座らせたので、向けていた背中が振り向いて、焦点の合わない瞳が見上げてきた。

「お風呂…入らな、い、の…?」

「後でな」

「…え? …っあ、あ…や、ぁっ」

 二,三度入り口を探った指が身体の中に入ってきて、琥珀は一際大きく鳴いた。

「ん、っぁ……いっ」

 ゆっくりと中をかき混ぜる動作に、琥珀は目を見開いて硬直する。

 弱いところはもう全部知られているのに、わざとそこを避けて大きな指が身体を刺激さ
れる。元々、身体の大きさも全く違うもの同士、琥珀にしてみれば受け入れるだけでも苦
痛を伴うような行為なのに。

「やぁ……っい、た…っやだ、ぁ」

 嫌な予感が全身を巡って、身体が震える。その間も身体をかき回す指は止まらない。

 痛みで涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

「痛くないとお仕置きにならないだろ」

 後ろから、囁く声が耳をくすぐる。しかしそれは恋人同士のような甘いものではなく、主
人とペットの立場の違いを思わせるようなもの。

「なん……で、…あっ!」

 指が二本に増えて、痛みが増す。背中を向けているので疾風の顔が見えないが、眼に
冷たい光が宿っているだろうことは容易に想像がついた。







  「なん…っで、怒って……っ」

 後ろから抱え込まれて逃げ場がないまま、疾風が中に入ってきた。浴槽の縁についた
手を強く握って、その感覚に耐える。

「……っ」

 引き裂かれるような痛みに身体を捩らせるが、その動作に気づいた疾風はさらに強く
腰を押し進めた。

「ゃ……」

 口を開くと悲鳴が飛びでそうになって、琥珀は唇を強く噛みしめた。

 半分ほど押し入ったところで、疾風は動きを止めた。

「…は、ぁ…っあ、ぅ…」

 全身に響く痛みに、ぽろぽろと涙が勝手に零れていく。
 力が入らないので、縁にもたれ掛かって荒い息を吐いた。目の前が滲んで、瞼を閉じ
れば涙が頬を伝ってお湯の中に落ちた。

「琥珀」

 後ろから耳に息を吹きかけられて、ぞくっと身体に痺れが走る。
 疾風の髪が肩に当たって、敏感な肌を刺激した。

「…何で俺が怒ってるのか、分からない?」

「え…」

 耳に落とされた呟きに、痛みに朦朧としたまま答える。

「何で怒ってると思う?」

「…………っぁ」

 肩に落とされた唇に、顔が熱くなるのを感じた。痛みしか感じなかった身体に、違う感
覚が混じってくる。まだ膨らみ始めたばかりの胸を、後ろから回された手が触れる。

 早い鼓動が直接伝わるのが嫌で、琥珀はその手を外そうとした。

 しかし、それよりも先に押しつぶすように、大きな手が胸を揉んだ。

「……っ」

 胸の先を押してまた強く摘んで、疾風は琥珀の返事を待った。

(…怒った……理由?)

「………で、…でもっ、疾風…さま、始めっか…ら、……怒って、た…」

 与えられる刺激に耐えながらも、絞り出した琥珀の声。

 それを聞いて、疾風は手の動きを止めた。

「………?」

 とろんとした眼のまま、琥珀が疾風を振り返る。しかし、風呂場の水分で重くなった髪が
邪魔をして、疾風の表情まで見えなかった。

 一方の疾風は、今日部屋に帰ってからの自分の行動を思い返してみた。

(酔いつぶれる寸前で部屋に戻って、目が覚めて琥珀の顔を見たら我慢できなくなって、
風呂場に連れ込んだ…よな)

 まだ熱があって気だるそうな顔に、月の光に映える色素の薄い髪。

 起こさないようにと小声で囁く唇に、酒で鈍った理性はあっけなく吹き飛んだ。しかも久
しぶりでがっついて、怯える様子が可愛くてわざと低い声で返事したり。

 確かに、始めから怒っていると思われても…仕方が…

「……あ−…」

 この少女は本当に、分かっててやっているのだろううか。

 気が抜けると同時に毒気も抜かれて、疾風は息を吐いて琥珀をこちらに向かせた。

 身体の中を擦る感覚に、小さく声が漏れるが琥珀は不思議そうな眼を向けてきた。

「俺が怒ったのは途中から…なんだけど」

「と、…ちゅう…?」

 何のことだか分からないらしい。

 もう一度息を吐いて、疾風は琥珀に口づけをした。頭を抱える手に柔らかい髪がまとわ
りつく。長い髪は何束か湯の中に落ちて、細い金糸を散らすように広がった。

「…待っ…、息、…っ…あ…っ」

 短い息継ぎでは十分な呼吸が出来ず、琥珀は疾風の肩に手を置き押し返そうとした。
 しかし、身体の中に入っていた疾風が、急に動き出して琥珀は身体を硬直させた。

「や…っ、痛、いの…っやぁ…」

 宝石のように煌めく瞳が歪んで、雫が頬をこぼれ落ちる。

 唇を寄せてそれを舐め取り、疾風はまた口づけをした。

「大丈夫…」

「……んっく」

 キスで気を散らしつつ、腰を押し進める。首に回した琥珀の手に時々力が入って、軽く
疾風の背中をひっかいた。

「琥珀、また痩せたな」

「………う、ぇ…っ」

 抱いた感じが前よりも心許ない。
 元々細いのに、ここ数日寝込んでいた所為でさらに小さくなった気がする。今度は疾風
も無理はせずに、入っていく惰性に任せた。

「…っ、ぁあっあ」

 全部入りきって、琥珀は背中を反らせた。ぐったりと力の抜けた身体を手で支えて、柔
らかい髪をかき上げる。

 それが刺激になったのか、瞼が持ち上がって潤んだ琥珀色の瞳が見上げてくる。
 疾風はにやり、と唇の先を持ち上げて、動き出した。

「ん…あ……や、やぁ……っ疾…っ…」

 疾風の動きに翻弄されて、喉から悲鳴が飛び出る。ギシギシと体中の骨が軋むような
衝撃に息が詰まる。

「…っひ、ぅえ…っ、めん…な、ごめ…な、さい…っ」

 疾風に翻弄されていた琥珀が、しばらくしてボロボロと涙を零しながら、謝罪の言葉を繰
り返した。

 そこで、疾風は動きを止めた。琥珀はしゃくり上げながら同じ言葉を繰り返す。

「ごめ、なさ…っ」

「俺といるのに、他の男の事を考えただろう」

 疾風のその言葉に、琥珀は口を開けたまま固まった。

 その耳元に疾風はわざと息を吹きかけるように、呟いた。

「だから、おしおき」

「…や、ちが…っあ、あう…っ」

 再び激しく動き出した疾風に弁解の言葉も出ないまま、琥珀は翻弄され続けた。





  












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