choco choco kiss 1






  「今日は、バレンタインのチョコを作りましょうか」

 そう花梨が提案したのは、琥珀が朝ご飯を食べ終わりしばらくしてのことだった。





 琥珀は、花梨の言葉にきょとんとした表情で首を傾げた。

「ばれ、んた…って……?」

 そう切り替えされて、すこし花梨が言葉に詰まる。一瞬考えて、言葉を続けた。

「二月十四日は好きな人にチョコレートをあげる『バレンタインの日』なんですよ」

琥珀の世話係になって数ヶ月。世間では常識でも彼女が知らないものがたくさんあること
は、身にしみて分かっていた。
 この程度の問答で驚いてはいけない。

「チョコ、レート……!」

 思った通り、甘いものが大好きな琥珀はその単語に眼をキラキラと輝かせた。

 その顔を見てうんうんと頷いた花梨は、さらに声に力を込めた。

「特に本命チョコはライバルに負けられないわけですよ。
 数ヶ月前から好みを把握して、一日掛けてチョコを作り可愛くラッピング!そしておめか
しして、告白アタックチャンスーー!!」

「お、…おー?」

 両手で握り拳を作って力説する花梨にならい、琥珀も片手を挙げる。

「あと、お世話になった人とか友達にあげたりする場合もありますね。

 本当は昨日作るつもりだったんですけど、材料が揃わなくって…今日の日付が変わる
までに渡してくださいね」

 申し訳なさそうに言って、花梨はカレンダーを指し示した。

 本日は二月十四日。バレンタイン当日である。

 あまり人の出入りがない最上階付近は静かだが、下の階は朝から様々なところでチョ
コの受け渡しが行われていた。

 男も女もそわそわして落ち着かない、いつもよりもピンク色の空気が漂っている。

「じゃ、さっそく作りましょうか。まずはこのチョコを」

「ちょっと待ったー!!」

 突然乱入してきた声に、少女二人がビクッと身体を震わせた。

 振り向くと、開け放したドアの枠に背を預け、長い美脚を持ち上げて反対側の枠に掛
けている鴉がいた。

「ど、どうしたんですか? 鴉様…」

 白衣をたなびかせて部屋に入ってきた鴉は、色々な調理器具とチョコの山を前に腕ま
くりした。

「花梨、私も混ざっていいかい!?」

「え、鴉様、意中の方がいるんですか?」

 花梨に直球で聞かれた鴉は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

「う、ま、まあ…ね」

「わかりましたっ!美味しいの作って渡しちゃいましょう!!
 あ、琥珀様。服が汚れるといけないので、エプロンつけてくださいね」

 真似をして腕まくりをする琥珀に、この日のためにこっそり買ってきた、レースの付いた
エプロンを着せる。

 そして、チョコ作りが開始された。



 琥珀はもちろん、家事が得意ではない鴉もチョコ作りは初めてなようで、二人とも危なげ
な手つきで板チョコを切り始めた。

 決して細かいとは言えない大きさで。

「て、手だけは切らないようにっ」

 お湯を沸かしながら、花梨が慌てて注意を促す。二人は分かっているのかいないのか、
は〜いと軽い返事を返した。

 沸かしたお湯でチョコを溶かして、生クリームを加えて混ぜ合わせる。

 そしてトレーに流し込んだところで雲雀と眼竜が遊びに来た。チョコを作る材料の調達
を雲雀に頼んでいたので、暇つぶしがてら遊びに来たらしい。

「おっやってるな」

「わあ、美味しそう」

 トレーに流したチョコを嬉しそうに眺める琥珀に近づいて、雲雀は話し掛けた。

「うんっ! チョコ、すごい、ね」

 あの、琥珀の眼が輝いている。

 いつも食べているチョコレートを自分で作るのが楽しくて仕方がないようだ。

 その隣では鴉の作ったチョコを前に、眼竜が顔を顰めていた。

「……これ食べられるのか?」

「はあ? 喧嘩売ってんのかい?」

「…貰う奴も、かわいそうになあ」

「あ、あんただけにはやらないから安心しな!!」

「あ〜あ〜、鴉さま、眼竜さま、喧嘩しないで下さい〜」

 火花を散らし、今にも肉弾戦に突入しそうな勢いの二人を花梨が慌てて止めた。こんな
ところで暴れられては大変だ。

「ほら、仕事の合間に来ただけだからもう行かないと。 それじゃね!!」

 機転を利かせた雲雀が、巨体を引っ張って部屋を出て行った。

「作るところを見つかってしまったわけですし、お二人にも渡しましょうか。 ね?鴉様」

「………仕方ないねえ」

 そう言いつつどこか嬉しそうな鴉を前に、花梨もにっこり笑った。

 たわいもない話をしている内に、琥珀のチョコが固まった。
 それを手で転がして整形し、コロコロ丸い形のトリュフができあがった。

「袋、どれを使いますか?」

「え、っと…これ」

 自分のクッキー作りを中断して、花梨がラッピング用の袋を取り出して机の上に広げた。

 大・中・小様々な色や形の袋をしばらく眺めて、琥珀は一番小さなものを選んだ。

 しかもたくさん。

「…あれ? ―――琥珀様、そんなにたくさんラッピングするんですか…?」

 てっきり疾風一人だけにあげるものと思っていた花梨が聞くと、琥珀はコクコクと頷いた。

「…えっと、花梨さん、と鴉、さんと、眼竜さん、と雲雀君…に…」

 指折り数えだしたその名前を聞いて、花梨は腕組みをした。

 義理チョコをもらえるのは非常に嬉しいし、気を遣ってもらえるのはありがたいが…。

 もらうと、なんだか後が色々怖い気がするので、ここは丁重にお断りをした方がいいだろ
う。


「私たちの分はいいですから、疾風さまだけにあげてください」


「え? でも、疾風さま……チョコ嫌、い…だよ?」


 きょとんとした表情で言い放った言葉に、花梨とオーブンの前に陣取っていた鴉の動き
が止まる。

 不吉な予感に顔をゆがめつつ、花梨は口を開いた。

「ま、まさか… 疾風さまの分を数に入れなかったとか…」

 戦々恐々としつつ聞くと、琥珀は小首を傾げた。

「え………いる、の?」

 真顔で聞いてくる琥珀を前に、花梨はサーッと顔を蒼白にした。
 そして大きな袋をひっつかみ、トレーの上に乗っている手作りチョコをその中に詰め込
んだ。

「あ…当たり前です!!!!」

 花梨の悲鳴が、部屋中に木霊した。










 そして夜。綺麗に包装できたチョコレートを前に、琥珀はどきどきしながら疾風が帰って
くるのを待っていた。

 あの後、花梨から二時間ほど「バレンタインとはなんたるか」を説教されて、さすがに恋
人同士のイベントであるということがよく理解できた。

 だが、疾風の甘いもの嫌いはよく分かっているので、実は未だに悩んでいるのも事実だ。

 花梨と鴉は絶対大丈夫だと言っていたが。

(…もら、ってくれる…かな…)

 戸惑い半分、期待半分で身体がふわふわして落ち着かない。



 ぐにょ。



 持っている袋の中からなにやら不吉な音がした。

 二、三度瞬きをして袋を見下ろす。

 さすがの琥珀も、嫌な予感に背中に冷や汗が流れた。慌てて手で探ってみると、どうや
ら中のチョコをつぶしてしまったようだ。

 さすがにそのまま渡すわけにはいかないと、少し考えてラッピングを解いた。
 そして中から恐る恐るつぶれたチョコを取り出して、一つ食べた。

「おい、しい…」

 味見でも形の小さなのを食べたが、やっぱり自分で作ったのは美味しい。

(…もう、一つ…いいか、な)

 ココアパウダーがまぶされた小さなチョコがまだたくさん入っているのをみて、琥珀は思
わずもう一つ手に取った。








   















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