choco choco kiss 2






  気が付いたら。

「……………あ…」

 疾風用だけあって、元々、あまり入っていなかった袋の中は空っぽになってしまった。

 胸が早鐘を打つ。一度袋を探るが、やはり全部食べてしまったようだ。

(ど、どうし…よう…)

「琥珀?」

 突然後ろから声を掛けられて、琥珀は飛び上がった。

 チョコを食べてしまった後ろめたさと相俟って上手く息ができない琥珀は、胸を押さえて
どうにか言葉を搾り出した。

「お、おかえ…り、なさ…、早っ……い、ね」

 振り向くと、マントを脱ぎかけている疾風がそこにいた。飛び上がった琥珀にびっくりした
のか、少しだけ目を見開いている。

「ああ。眼竜たちが『今日は早く帰れ』って」

「う、ん…」

 きっとチョコを今日中に渡せるように、そう言ってくれたのだろう。
 しかし、できるならあまり今会いたくなかったかもしれない。

 重いマントを脱ぐ疾風から目をそらせて、琥珀は必死に頭を動かした。

(あ、疾風さまが、寝てから……花梨、さんのところ、に…)

 夜中に訪問するのは気が引けるが、背に腹は代えられない。

 勝手に寝室を抜け出したことがバレれば怒られるから、あくまでも慎重に行動しなけれ
ば。

「琥珀」

「っひゃう!?」

 悲鳴に近い声が喉から飛び出した。急いで振り返ると疾風は困惑した表情で立ってい
た。

「………どうかしたのか?」

「う、ううんっ、べべべ、別にっ」

 動揺が思い切り表に出た琥珀に、疾風は探るような視線を向ける。

 怪しい、と顔が語っていた。

 ベッドの端に座った疾風が、中央にいる琥珀を手招きした。袋を隠して恐る恐る近づく
琥珀をひょいと抱えて、膝立ちで自分と向かい合うように座らせる。

「んっ……」

 唇が重ねられた。初めは啄ばむ程度のものだったが、どんどんそれが激しくなっていく。

 チロ、と唇を舐められた時に琥珀は、そこでばっと口を両手で隠した。

「……どうした?」

「ぅ、えっ、と…今日、は……」

 このまま抱かれれば、疾風が眠ってから起きるなんて不可能になってしまう。いつも、気
絶するように眠った体はかなりの睡眠を必要とするのだから。

「……明日の仕事を休んででも、俺は、今、琥珀を抱きたいんだけど?」

 真っ直ぐ見つめられて言われた言葉に、琥珀の心臓が違う意味で早鐘を打った。

 自分を求めてくれる疾風の思いに泣きたくなる。

「で、でもっ……」

 いい言葉が思いつかない琥珀は、ただ首を左右に振った。疾風は琥珀に聞こえないく
らいの小さな息を吐いて、その華奢な体を抱きしめた。

「分かった」

 するりと離れた体温が名残惜しくて、思わず引き留めてしまいそうになるのを堪える。

 心の中でごめんなさいと何度も呟いて、琥珀はベッドに潜り込んだ。





 何度もうとうとしかけたものの、琥珀は気合で起きてベッド脇の時計を見た。
 今は十一時ちょっと前だ。『バレンタイン』がもうすぐ終わってしまう。

 急いで作らなければ。

 そっと疾風の様子を確認すると、彼は規則正しく寝息を立てていた。起こさないように
そっとベッドを抜け出して、寒いのでショールを羽織った。

 一度寝室のドアのところで疾風が寝返りを打った時には足が竦んだが、しばらく待って
も彼がおきる事はなかった。

 できる限り音をさせないようにドアを開けて、閉める。
 そして疾風の仕事場を横切って廊下へと続くドアに詰め寄った。

 最近では、疾風も内側からの鍵以外は閉めていない。留め金を2つ外すと、簡単にドア
が開いた。

「で? どこへ行くんだ?」

 背後から聞こえてきた低い声に、全身が凍りついたように動けなくなった。

 眠気など微塵も感じさせないその声の主は、仕事場と寝室を結ぶドアに背を凭れ掛け
て立っていた。


 暗闇になれた目が、闇に同化する青年の姿をみる。

「と、トイレ…」

「わざわざ廊下に出て?」

 あざ笑うような口調で言うと、疾風は足早に琥珀に近づいた。
 そのまま逃げようかと思ったが、どうせエレベーターに着く前に捕まるに決まっている。

 琥珀はぎゅっとショールを掴んで、体を強張らせた。

「…っ起きて……」

「元々眠りが浅い性質だから、物音ですぐ目が覚めるんだ。それにいつもは布団に入っ
たら5秒で寝る琥珀が何度も寝返りを打つし」

 琥珀をドアと自分の体の間に挟んで、長い腕を伸ばしてバタン、と扉を閉め二つの掛け
金が掛けた。

 そして鍵束を取り出して、ご丁寧に鍵まで掛ける。

「何かあると思わない方が不自然だろう?」

 鍵束をぞんざいに床に放り投げると、ようやく視線が琥珀に向けられた。
 猫のように光る瞳に見据えられて、琥珀は身が竦んだ。

 咄嗟に部屋の明かりをつけようとスイッチに伸ばした手は、あっさりと捕まってドアに押
し付けられる。

「で? 俺の誘いを断ってまで、こんな夜中にどこへ行く気だった?」

 残る手もドアに縫いつけられて、ショールが床に落ちる。

(ど、どうし、よう…チョコ……)

 顔面を蒼白にしている琥珀の格好を上から下までじっくり見ていた疾風は、はあと溜め
息をついた。

 琥珀が着ている寝着は白い生地で肩が大きく開き、ショーツが見えるくらい短い裾と胸
元には、黒いレースが幾重にもの重ねて付けられているもの。

 見上げてくるのは心なしか潤んだ瞳に、色素の薄い柔らかい髪の色が白い肌に映えて。

「…俺がどれだけ我慢したと…」

 疲れた様子の疾風は琥珀が何か言う前に、その身体をひょいと抱えあげた。

 悲鳴を飲み込んだ琥珀は、そのまま仕事場にある広い机の上に座らされた。

「え、え…」

「もう無理。ここで抱く」

「ふええっ!?……っ」

 琥珀の悲鳴を塞いだ疾風は、前戯はせずにすぐに舌を差し入れた。
 びく、と体を震わせた琥珀に構わず、顔の角度を何度も変えてさらに奥まで侵入していく。

 巧みに琥珀の抵抗を圧しとどめて、口の中を蹂躙される琥珀はぎゅっと目を閉じた。

「っ…は、は ……っあ」

 酸欠状態で涙の滲む琥珀色の瞳を見上げて、その首筋に舌を這わせる。ぬめるそれ
が弱いところを這い、琥珀は顔を真っ赤にして抵抗した。

 しかし、琥珀の抵抗など疾風は意に介さない。

「やっ、疾風、さまっ。ここ、…っ」

 完全に机に座る格好なので、膝から先が宙ぶらりん状態である。

 その足でぽかぽかと目の前の疾風を蹴ると、彼は足を掴んでぐいと左右に開くと足の間
に体を滑り込ませた。

「あ…っ」

 足を閉じるという唯一の抵抗ができなくなった琥珀が、それに気づいて半泣きになる。

「折角可愛い服を着てるんだから、今日はこのまましようか」

 疾風が物凄く、危険な笑顔を浮かべた。

 するりと服の中に進入した指が背中を這う。夜気よりも冷たい指にぞくりと背中が粟気
立つが、疾風は気にせず背中を撫で回した。

「ふっ…や、んっ…」

 その手が前に移動する。疾風の手では余る小さな双丘を適当に弄び、先にある突起を
つまむ。

 疾風の手が移動するたびピクピクと体を反応させる琥珀をちらりと見て、疾風は固くな
った突起を服の上から口に含んだ。

「…は、っ…」

 舌で転がして、軽く噛む。もう一方の突起は左手でずっと愛撫を続ける。

 服越しだからか刺激が十分に伝わらず、その歯がゆさに体が変に反応してしまう。

「…んっ、や、あ…」

 顔が上気しているのが自分でも分かる。シルクの生地は少し汗ばむ体にぴたりとくっつ
いた。

「綺麗だよ、琥珀」

 胸から口を離して真っ直ぐに琥珀の瞳を覗き込んだ疾風は、手を下へと下げた。

 おへそを素通りしてショーツの中に侵入した疾風の手が、琥珀の体の中心に触った。

「…や………っい、た…!」

 途端に体を硬くして目を瞑ってしまったのを見て、疾風が琥珀の二の腕を思い切り握る。

「眼ぇ開けろ」

 本当に恐る恐るという具合に、琥珀が眼を開ける。

 重そうな睫毛が震えて、潤んだ瞳から透明な雫が頬を伝った。

 彼女の中心を触る手は適当に入り口を撫でているだけで、中には入れない。

 口を少しだけ開いて、快感に流されないように浅く息を繰り返す姿は、艶めいて何ともい
えない色香が漂っていた。

「いやらしいな、触っているだけなのに濡れてきた」

 体は疾風の愛撫に正直に反応して、すでに蜜があふれ出している。疾風の笑いを含ん
だ声に羞恥心を煽られて、琥珀は暗闇の中でも分かるほど顔を紅に染めた。

 そんな彼女を、眼を細めて見て、疾風が少し濡れた指先をショーツから出した。

「…っ」

 一瞬の隙を突いて、琥珀は疾風を突き飛ばして机から飛び下りた。だが、リーチの差で
三歩も進まないうちに、疾風に腕を掴まれて後ろで捻り上げられる。

「きゃっ…」

「…へえ、俺から逃げる気か?」

 低く唸るような疾風の声が、耳のすぐ後ろで聞こえた。

 なんだか確実に怒らせていっているのを感じて、これでは駄目だと琥珀は決心した。

 抱かれるのは…いい。むしろ中途半端なところでやめているので、体が火照って続きを
要求している。

「は、疾風さま…」

「ん?」

 こ、怖い……

 無理やり体を捻って見上げた疾風の、見下ろす眼が、いまにも襲いかかろうとする野生
の獣のそれだった。

 身の危険を肌で感じて、琥珀はとりあえず疾風に手を離してもらって正面に向き直った。

「今日、は何の日で、しょうっ」

 脈略もないかなり意表をついた質問だったらしく、疾風は顔を紅くしたままの琥珀を見
下ろして少しだけ首を傾げた。

「……何か、あったか?」

「ば、ヴぁれんタインなのっ」

 全く気づいてない疾風に、琥珀は舌たらずに叫んだ。

「………………………………………………………………………あぁ」

 かなり長い時間沈黙していた疾風が、ようやくそれだけ呟いた。

「そういえば、今日は氷雨中に甘ったるい臭いがしてたな」

 甘いものに関する関心がかなり薄い疾風は、今日のピンク色の空気に全く気づかなか
ったようだ。

「勝手に出ようとして、ごめん、なさいっ…。 でも、チョコ、あげるの、食べちゃったからっ、
もう一回、作って、渡そうと……」

 初めは眼を見て話していたが、叱られた子犬のようにどんどん俯いていく琥珀を見下ろ
していた疾風が、口を開いた。

「チョコを作るために抜け出そうとしたのか?」

「………う、ん…」

 強い口調に、責められている気になる。

 どうして全部食べてしまったのかと、自分のうっかりが情けなくて、琥珀は顔を上げない
まま涙声で返事をした。





   














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