コウノトリとキャベツの伝説  



   琥珀は、寝室で一抱えもあるような大きな絵本を読んでいた。

 最近疾風が買ってきてくれたもので、もう何度も繰り返しで読んで内容は覚えているのだが、
鮮やかな色使いと、可愛い絵が気に入っている本だ。

「生まれ、た…お姫、さま…に、どうぶつた、ち、が…おくり物、を…」

 一文字一文字眼で追いながら、たどたどしく読んでいく。

 お后様に抱っこされた可愛い女の子の絵と、動物たちが二人を見上げている場面だ。
 そこの途中まで読んだところで、琥珀はぴたりと止まって首をかしげた。

 花梨は今日は用事があって出掛けているので、部屋の中には誰もいない。

 ベッドの端から垂らした足をぶらぶら揺らして、琥珀は今度は反対側に首を傾げた。

 眉根を寄せて、しばらく視線を彷徨わせて何かを考える。

 そして、思い立って絵本を持ったままベッドから降りた。






 寝室がある階と、下の階には自由に行き来していい許可はもらっている。琥珀は、階段で下
りて食堂に来た。大きな絵本を前で抱えて、扉の影から中を覗く。

 そこに目当ての人物たちを見つけて、琥珀は表情を明るくした。

「お、琥珀ちゃん」

「ん? どしたの?」

 テーブルの端に座っていた眼竜と鴉、雲雀が声をかけてきた。

 そこまで小走りで行って、琥珀は持っていた絵本を持ち上げた。

「あのね、…聞きたいこと、が、あるの…いい?」

 控えめに聞いた琥珀に鴉が破顔した。

「なに、なに。何でも聞いて!おねーさんが張り切って答えちゃうぞっ」

 こくんと頷いて、琥珀がみんなを見上げて口を開いた。









「赤ちゃん、て、どうして…、生まれるの?」










「「「……………………………………」」」

 かなり長い沈黙が場を支配した。

 見上げる琥珀色の瞳はどこまでも純粋だ。

 だからこそ、その言葉に反応できるものは誰もいなかった。いや、一人だけわざとか無意
識か空気を読まない人物が。

「そりゃ、いつも疾風さまとして…ゴフッ!!」

 眼竜が雲雀の鳩尾に肘を打ち込んだ。声も出ずに彼は床に倒れ込む。

「言・う・な!」



 床の少年に怒鳴った後、琥珀の首元に付いた赤い痣がちらりと見えて、眼竜はさらに鬱々
とした気分になった。

(あいつ、説明してないんかい)

 色々デリケートな問題すぎて、部外者が入っていける話ではない。というか、入りたくない。

 本当のことを言ったら泣くだろうなあ、と心の中で呟いて鴉を見ると、彼女も悲痛な表情を
していた。

 どんな重症患者も眉1つ動かさず処置をする鴉に、こんな顔をさせるのは世界広しといえ
ど、琥珀くらいだろう。

 キラキラした目で答えを待っている琥珀を前に、眼竜は覚悟を決めて鴉の肩を叩いた。

「説明してやれ」

「え、私が!!?」

 もちろん抗議の声を上げた鴉の肩を掴んで、一緒に回れ右をする。
 後ろにいる琥珀に聞こえないように小声で言い争いが始まった。

「子どもに情操教育すんのも医者の役目だろうが。っつーか、男の俺にどうしろと!」

「いやいやいや、どうすんの、こういうときどう言えばいいの!?」

「いいか、そもそも性教育や倫理や二次性徴を知る前に手を出した、あいつが悪い。ここ
はとりあえずオブラートに包みまくって、逃げるぞ」

 保健の授業は諸悪の根源に任せよう。







「鴉、さん。 教えて?」

 琥珀が真剣な顔で見上げてくる。

 鴉は振り返り、う、と小さく唸ってから、窓の外に見える青い空を眺めた。

 そしてしばらくして覚悟を決めたのか、ゆっくりと琥珀の前にしゃがんだ。

 肩をしっかり掴んで、目を合わせて

「あのね、赤ちゃんというのは…」

 噛みしめるように言葉を綴る。

 言いながら、鴉の頭の中には赤ちゃんができた両親に小さな子どもが同じ質問している
光景が浮かんだ。

  「えっと……こ、コウノトリっていう大きな鳥が、赤ちゃんを運んで来るの。
 そもそもこの世のどこかには赤ちゃんができるキャベツ畑というのがあってね、そこから
鳥が赤ちゃんを運んで…」

 ベタな、あまりにもベタな説明をしている自分に、鴉は情けなくなってきた。
 泣く子も黙る天下のマフィアも、この少女の前では形無しだ。

 しかし、話を聞いていた琥珀が段々眉をひそめ始めた。



(……しまった)

 鴉は心の中で舌打ちした。
 そもそもこんな話を信じるほど、琥珀は子どもではないだろうに。

「あのね、実は…」

「でも、いつ、その鳥って、来るの?」

 ……………………素直な子でよかった。

「う〜あ〜…あのね、あ、赤ちゃんが出来る魔法の水があるの。それを飲めば、鳥が来るの
よ」

 嘘に嘘を重ねられているのも気づかずに、琥珀は首を傾げた。

「魔法の水、って美味し、いの?」

「……………ちょっと苦い…かな?」

「ってこら鴉、落ち着け!! なんか話が生々しい方へ行ってるぞ!!」

 収拾がつかなくなっている話に、眼竜がツッコミを入れた。





 とある、晴れの日のこと。

 仕事をしろと疾風がこの場に怒鳴り込み。

 その場にいる全員に白い目で見られるのは、この数秒後のことであった。















++おまけ++








箱入り娘だから、子ども時代は習ってないし。
疾風も特に説明しなかったし。
ペットにそんなことを言う貴族もいなかったので、
いまいち分かっていないとか、そういう感じで。






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