二人の訪問者 #7






「…………やだ……いや………」

 琥珀は焦点の合わない目で疾風を見た。

「琥珀、落ち着け」

 疾風が顔を歪ませた。

 思いも寄らない訪問者に、琥珀の昔の話を聞かされて。尚かつ事後処理など考えているうちに、油断が出たのは否めない。
 己の不注意を呪って、小刻みに震える身体にそっと手を伸ばす。

「……っ………ごめんなさ、い……」

「ん?」

 しゃくり上げるように泣き出した琥珀の顔を、疾風が覗き込んだ。

「疾風さま余計な、仕事……。私、っ迷惑、かけて」

「んなわけあるか!!!」

 怒鳴られて、ビクリと震えた琥珀が顔を上げた。

「何を言うかと思えば……」

 青ざめて震える小さな身体に手をやったまま、疾風は息を吐いた。

 悪いのは大人たちであって、むしろ元凶は疾風自身にもあって。それに巻き込まれただけの琥珀には何の罪もない。

 疾風は琥珀の頬を両手で包んで、真っ直ぐに視線を合わせた。

「あのな、迷惑なんて俺は一度も思ったことはない」

「………」

「それに、いくら金を積まれても、誰にもお前を譲る気はない……と言ったら、信じるか?」

 琥珀は涙で濡れた睫毛をパチパチと動かした。

 水気を含んで重くなった睫毛が一度伏せられて、鮮やかな琥珀色の瞳が疾風を見上げた。

「…………ん」

 微かだが頷く。
 ほんの少しだけ微笑んだ拍子に、目の端から涙が一粒、溢れた。

「う、ん………信じる」

 子猫のように手に頬をすり寄せる琥珀を見ていた疾風は、自分の気持ちに正直に、琥珀を抱きしめた。

「…………………はぁ」

 溜息を一つ。

 腕にすっぽりと収まる華奢な少女は、戸惑った様子であ、とかえ、とか言っていたが、気にせずに腕に力を入れた。

 琥珀を手放すつもりは毛頭無い。けれども、厳しいことも事実だった。

 国の重鎮が、自分たちの罪の証拠隠滅のために琥珀の身を狙っている。隙あらば手に入れようと、画策しているのは明らかだった。だから、疾風は細心の注意を払って仕事をせざるをえない。

 ミスのできない状態が厄介でないかと言われれば、確かに大変なことはある。

 けれど、それと引き替えに琥珀を渡すのは、死んでも嫌だ。

 彼女が傍にいないなら、そんな人生なんの意味があるのだろうか。

 溺れきっていることくらい、十分承知している。

 疾風は琥珀の頭と背中に手を回して逃げられないようにしてから、その首元に顔を埋めて、呟いた。


「あー……犯してぇ」


「……っ、」

 一応、小さな声で言ったのだが、獲物にはばっちり聞こえていたようだ。途端に身体を緊張で硬くする琥珀に構わず、疾風は首筋に噛みついた。

「い、た……っ」

 白い肌に歯形がついて、うっすらと血が滲む。

 それをゆっくりと舐め取ると、鉄のような血の味と琥珀の髪からだろうか、甘い香りが鼻をくすぐった。背中に回した手はそのままで、もう一つの手で背中から身体のラインをなぞる。

 琥珀の身体が、熱に浮かされたように震えた。欲望に忠実な身体は、少し煽っただけでも、十分な反応を返してくれる。

 上着の中に手を入れて素肌を撫でると、琥珀は小さく声を上げた。

「ん……っ、あ……」

「なぁ、いいか?」

 だめ押しに耳元で囁くと、……泣きそうな顔で琥珀がゆっくりと頷いた。

「……………ええーと、盛り上がってるとこ悪いんですが」

 申し訳なさそうに入ってきた眼竜の声に、琥珀が疾風から身体を離す。意外な力に驚く疾風の目の前で、眼竜の方を見る琥珀の顔がさらに真っ赤になり。

「……っ、や、あああああぁあああっ」

 悲鳴を上げながら走り去った。

 眼竜に見られたのが、ものすごく恥ずかしかったらしい。

 その後ろ姿を見送って、眼竜が疾風を見る。

「二人を送ってきた。あとそこで倒れてる青年はすぐに救護室に連れて行かないとやばくね?」

「てめぇ………………空気を読め」

 疾風はさっきまで琥珀に触れていた手を握って、眼竜を睨んだ。

 そのまま牛くらいは卒倒させてしまいそうな殺気を放つ疾風から、二,三歩後ろに離れつつ眼竜が床を指さした。

「俺だってそうしたかったっつーの! でもな、ぴくりとも動いていない人間が近くに倒れてるのを見りゃ、誰だって声かけるわ!」

 ちっ、と舌打ちして、疾風が立ち上がった。

「部屋から蹴り出しときゃよかった」

「次からは是非そうしてくれ。 てか、一応門番もできる優秀な人材なんだからな。もうちょっと丁寧に扱えや」

「世の中の理不尽を知った方が、人間は強くなるっていうだろ……さて、どっちにいったかな」

 扉に手をかけて廊下の様子を見ていた疾風が、振り返って顎で楓をさした。

「あとはよろしく」

「……はいよ、もう邪魔せんからいっといで」

 手をひらひらと振って、疾風が部屋から走って出て行く。捕まったら酷いことが待ってそうな鬼ごっこに、眼竜は呻いた。

(……………あれ、まだ怒ってるよな……あの二人と話したこと)

 見つかった後のことを想像して、眼竜は琥珀に手を合わせた。あれだけ叫んで走り回ってたら、あっという間に捕縛されるだろう。というか、今の疾風を止められる者はいない。

 琥珀に向かうはずだった怒りの大半を引き受けてくれた楓に、感謝しなければいけないだろうか。

 完全にオチている楓を肩に担ぎ上げた眼竜は、彼に特別ボーナスくらいは用意してあげようと、一人で決意した。




























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